総合技術研究WG

総合技術研究WGレポート

木のよさを伝えられる耐震シェルター。おもちゃ美術館で親子の憩いの場に

2021年9月27日
総合技術研究WG

2021.07.27
総合技術研究ワーキンググループ

東京おもちゃ美術館(運営:特定非営利活動法人芸術と遊び創造協会)は、おもちゃを通じて文化や知恵を次世代に継承すること、世代を超えたコミュニケーションを育むことを目指す施設です。子どもたちとその保護者を中心に年間3万人ほどの来館者があるといいます。
一般社団法人耐震住宅100%実行委員会では、株式会社エヌ・シー・エヌとの共同開発によって商品化した「木質耐震シェルター 70K」の普及・促進に向けて、東京おもちゃ美術館とコラボレーション。2021年3月、館内に「木質耐震シェルター70K」を設置・展示しました。
その後、コロナ禍による緊急事態宣言発令の影響などにより、休館する時期もありましたが、来館する子どもたちやその保護者の方から、展示について好評をいただいているそうです。

シェルターを「えほんのこや」として活用

副館長の星野太郎さんはこの試みについて次のように語ってくれました。
「私たちは、子どもたちに対して”木育”という取り組みを大事にしています。木は他の素材に比べ、人の肌の風合いにより近く、手に取って安らぎが得られるという特長がありますよね。そんな木を使った製品を生活の中心に置いて、親しむ。おもちゃはもちろん、食器や家具、生活雑貨、いろんな形の木の製品を通じて、感性を育む。それが私たちの提唱する”木育”です。このシェルターも国産材を利用していますよね。それが大工さんの手で組まれて完成される。この展示の取り組みは、まさに”木育”の一環ではないか、と考えました」。

展示の場となったのは館内の3階の入り口となる廊下。来館者の通行も多く、目に触れやすい場所です。窓辺に設置された「木質耐震シェルター 70K」は、木のベンチが造り付けられ、絵本も並べられた「えほんのこや」として設置されました。
「耐震改修というと、どうしても大がかりな工事を必要として、多額の負担もかかってしまう。そういうイメージから、消極的になってしまうユーザー様も数多くいらっしゃると思います。しかし、このシェルターのように部分的に安全な場所をつくるという方法もあることを、この展示で伝えたいという思いがありました」(エヌ・シー・エヌ 特建事業部 主任 森田結一郎さん)。

オンラインで参加の東京おもちゃ美術館 副館長 星野太郎さん
一般社団法人 耐震住宅100%実行委員会 森田結一郎

身近で手軽な印象をアピール

この「えほんのこや」の意匠にたどりつくまでには、美術館サイドと耐震住宅100%実行委員会スタッフとの間で何度も打ち合わせが重ねられました。
この東京おもちゃ美術館は、閉校した旧四谷第四小学校校舎を利用しています。そうした”学校”の雰囲気や木のおもちゃの印象に馴染んで、多世代に及ぶ来館者に違和感なく受け入れてもらえるようにしなければなりません。
当初はカーテンなどで仕切るという案もあったそうですが、最終的にはSE構法の構造材をそのまま表すことに。木の素材感を前面に出した展示は、庭の東屋のようでもあり、縁側の一角のようでもある、まさに「えほんのこや」となりました。施工に携わった株式会社KURASUの代表、小針美玲さんは「来館者の皆様も、まさかここが地震の際に逃げ込めるシェルターになるとは思わないのでは」と笑います。
「木の造作物として、一般の方にも身近に感じていただける仕上がりになりました。私も町場の工務店の立場として常日頃、感じているのは、一般の方にとって耐震改修はハードルが高いということ。でも、このシェルターならインテリアとして、このように馴染ませることもできます。ふだんは家の中のくつろげる場所、でもいざとなったら避難場所として機能する。大がかりなリフォームではなく、”商品”を買って家の中に据えて置く、そんな身近で手軽な印象をアピールできるのではと思いました」(小針さん)。

東京おもちゃ美術館 チーフディレクター 田向優さん
株式会社KURASU 代表 小針美玲さん

実際に、この展示の前を通りがかった来館者の多くは、ベンチに座って休憩するのだそうです。東京おもちゃ美術館 チーフディレクターの田向優さんは「お子様が真っ先にベンチに飛び込みますね」と顔をほころばせます。「階段を上ってきたお客様に”ああ、木の香りがするね”と言っていただいたこともありました。五感に優しく働きかけるのが木のよさでもあります。見た目の色合い、木目の模様、そして触ったときの柔らかい温もり。素材のよさを伝えるのに、ちょうどいい展示になったと思います」。

ふだん、この美術館ではリタイアしたシニアの方が務める「おもちゃ学芸員」が何人も参加しています。この「えほんのこや」に絵本のセレクトは、おもちゃ学芸員のみなさんに依頼しているとか。そこには「コロナ禍で出勤を控えているおもちゃ学芸員の方に、少しでも参加していただきたい」(田向さん)という意図が込められているそうです。

設置までの工程を綿密にシミュレーション

シェルターの設置にあたっては、大工さんが3~4人かかり、閉館後の数時間を使って1週間ほどで組み上げました。「限られた時間しか使えませんから、設計の段階から工程のシミュレーションは綿密に行いました」と小針さん。元・学校なので、階段や廊下は広く、資材の搬入は比較的容易だったそうですが、手作業で荷揚げしなければなりません。また設置場所は室内とあってクレーンが使えず、梁を架ける作業もすべて人力。また、既設の壁や天井との取り合いもあり、大工さんたちはアクロバティックな姿勢を強いられることもあったそうです。
「今後、シェルターを既存住宅に設置するときには課題になりそうですね。実際に今回、大工さんから指摘を受けて改良した部分もあります。金具やボルトの緊結方法などもさらに改善できそうです」(森田さん)。

ベンチのサイズは、ひと家族分。自分たちのペースでじっくりと絵本の世界に入り込むことができます。まるでわが家でくつろいでいるかのような、落ち着いた時間がシェルターの中に流れているようです。
「私は技術者なので、確かな品質、安心していただける製品を提供したいという思いがありますが、どう使っていただくかは考えが至らない部分もありました。今回、こうして活用いただいている様子を見ると、シェルターに新たな可能性を感じますね」(森田さん)。

子どもたちに木のよさを伝えたいという美術館の理念。耐震性の高い、安心できる空間を提供したいというつくり手の願い。さらに、シニアの学芸員の方々や施工に携わった大工さんなど、多くの人の思いが込められた今回の展示。そうした様々な思いをしなやかに受け止められる柔軟性も「木質耐震シェルター 70K」の特長のひとつなのかもしれません。

東京おもちゃ美術館

〒160-0004 新宿区四谷4-20 四谷ひろば内

MAIL:yotsuya@art-play.or.jp

https://art-play.or.jp/ttm